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77歳の老画家には見習うべき事ばかりでした。

2月21日
夕方、揚成源一家は無事セントレアに到着しました。

空港まで迎えに行き、帰りは瀬戸のレストランで夕食。
中国語・英語・日本語ごちゃ混ぜの会話も私達の友人関係を物語っています。
揚さん達の息子は小学校を台湾で過ごしてから兵役を逃れる為中学はギリシャ、
高校はスイスからフランスへ。大学はアメリカと、何語が彼の母国語なのか
解らなくなっているみたいです。やはり一番わかりやすい言葉は英語でしょうか。
若い頃大阪芸術大学に留学していた揚さんは、英語よりむしろ日本語。
私達は中国語はほとんど理解不能!

そんな中での会話ですが、長い付き合いが言葉の壁を取り除いてくれる様で、
何支障無く楽しい時間が流れました。

その夜、陶板の打ち合わせをかなり密にして翌22日は朝から夕方まで制作。
終了後、豊田の清豊寺古窯苑を見せて岡崎の犬塚政巳〈画家〉先生のアトリエに
訪問しました。

約20年前、揚さん一家はこのお宅で何日か逗留した事があるので
久しぶりの再会を手伝いました。
犬塚先生は交通事故で足が不自由になったり 大動脈瘤のステント手術をしたり 軽い
脳梗塞をしたり、まさに満身創痍の躰ですが、目下平家物語絵巻を制作中。

一日中アトリエにこもって制作する姿は見習うべき事ばかりでした。
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by teradabizan | 2007-02-28 14:32 | 日々の出来事

台湾から古い友人が来日!陶壁のコラボを計画中。

まだ2月と言うのに春の様な天気が続いていて、
来週から始まる元屋敷窯の窯詰め開始が楽しみです!
なんとかこの天気を保って欲しいものです。

今日は台湾から古い友人の揚 成源氏一家が来訪します。
25年前愛知教育大学の大野元三先生を中心にした、東方文化研究協会が
日中文化交流をしていた時知り合った友人です。
彼の息子さんは私の長男と同じ歳、誕生日も同じ日と
何か因縁めいた事を感じていましたが、まさかこれほど長く
親密な付き合いが出来るとは思っていませんでした。

今彼は台湾ではかなり有名な画家になっていて、最近台北の建築ラッシュに
壁画を依頼される事がたびたび有るとの事。
台北は湿度が日本以上に高く壁面に絵を描いても湿度でダメになる事が心配で、
「陶板を使ったら」
との私の意見を聞き入れてテストを遣りに来日するのです!

どんな展開になるか楽しみです!
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by teradabizan | 2007-02-21 09:41 | 日々の出来事

時代の移り変わりは速いものです!

豊田 中京大学キャンパス内の清豊寺古窯苑を築き始めて
既に10年以上が経過しました。
10年一昔と言いますが、本当に10年経つといろんな事が変ります。

先日、古窯苑最初の窯を築いた時造成から水道 電気と設備一切お世話して頂いた方の
母上が亡くなりその葬儀に参列したと思ったら、
今日は造成から薪の手配などなどを切り盛りして頂いた方の仏前にお参りして来ました。

昨年末に亡くなっていたのを最近まで知らずにいたのでした。

疲れを知らなかった私の躰は血圧が上がって心臓肥大になりました。
しかし確実に古窯苑は出来上がっています。
まだまだ私の役割は終わっていませんが、陶芸家を目指す若き後輩達に
この古窯苑を引き継いで遣って行って欲しいと 心から願っています。

引き継いでくれるなら私の今まで研究して来た、総ての成果は伝えるつもりです。
来たれ若き陶芸家達!


清豊寺古窯苑の番人 窯焚き大将より!
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by teradabizan | 2007-02-19 09:44 | 日々の出来事

第3回目の元屋敷窯焼成が迫って来ました。

元屋敷窯の第3回目の窯焚きが間近に迫って来ました。
1998年に着工した14連房ののぼり窯はなかなか総ての房を
一度に焼成する事は出来ません、なぜなら作品が集まらないからです。
一つの房で茶碗なら500個ほど焼けるのです。
14×500=7000 は楽々焼けてしまうのです。

若い陶芸家に声をかけて 一つのグループで一房使い実験的な事をしてみたら
面白いと思うのだけど、やはり足並みが揃わない様です。

400年前大名が資本投下して運営したこの元屋敷窯は
桃山陶の逸品を数多く産出したのです。

私はこの窯で現代陶を焼き上げる事が夢です。

3月始めには火が入り、中頃完成品が窯出し出来るでしょう。
3月20日から名古屋市民ギャラリーで始まる清豊寺窯展には
何点か出品が出来ると思っています!

乞うご期待!

窯焚き大将より
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by teradabizan | 2007-02-15 16:30 | 日々の出来事

楽焼きパフォーマンスは肩すかしに終わりました。

一昨日浜松天林寺にて楽焼きパフォーマンスをして来ました。
初午の縁日に出店したのです。
楽焼きの茶碗を一個一万五千円で販売したのです。

私を知っているお茶の先生方以外は殆ど素通りしてしまいますが、
焼き物に対する興味を上手く見せる事が出来ずに残念でした。

私のオッチョコチョイさは今に始まった事では無いけど、妻を始め長男夫婦と孫、
更に2人の弟子を含めた大部隊は肩すかしを食った感じでした。
焼き屋の出来る事をあらゆる角度からやってきた私ですが、
いくら経験を積んでも失敗は有るのですね!

それでも又新しいチャレンジを模索する事が私の私たる所以なのです!
果てしない焼き物へのチャレンジは命が無くなるまで続く予感がします。

窯焚き大将より。
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by teradabizan | 2007-02-13 08:00 | 日々の出来事

脚光を浴び出してきた復元元屋敷窯-窯焚き大将より-

昨年末に本格的なテスト焼成を終えた復元元屋敷窯が
俄かに脚光を浴びて来ました。

窯出しに来て頂いた美濃の陶芸家、加藤幸兵衛先生とその長男亮太郎さんを始め、
土岐市、多治見市の学芸員の先生達まで来訪して頂いたり、
新聞も地方版では有りますが、毎日と読売新聞に掲載して頂いたせいでしょうか
「窯が見たい!」と
あらゆる方面から連絡を頂きました。

昨日8日は土岐市から、織部の里観光ガイドボランティアの方々17名が
復元元屋敷窯が見たいとの申し入れで 案内させて頂きました。

本家本元からの申し入れに喜び勇んで、
一時間の予定をかなりオーバーしてしまいました。
また6日には愛知県陶磁資料館の主任学芸員、井上先生が
焼きあがったテストビースが見てみたいと我が家に来訪されました。

今後いろんな方々と連携を執りながら元屋敷窯や大窯の解明を
テストして行く事を約束してお別れしました。
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by teradabizan | 2007-02-09 08:28 | 日々の出来事

〔窯焚き大将〕と名付けて頂いた陶工 寺田康雄

昨年末、
元屋敷復元窯の窯詰め中突然大量の鼻血が出て
いつも通りの窯詰めが出来ませんでした。
前々から何時になった窯詰め作業が出来なくなるか!と心配はしていましたが
こんなに突然出来なくなるとは予想する事が出来ませんでした。

その時はカメラマンであり、心理カウンセラーであり、素潜りのインストラクター
また女優の高樹紗耶さんが素潜りの日本記録を出した時のダイビングコーチだった
事でも有名な菅原真樹さんが、私と元屋敷窯の写真を撮りたいと言って
三週間寝食を共にしていた時でした。

彼は不思議な能力の持ち主で私が鼻血を出した後毎日朝晩、
足のマッサージをして下さいました。
それが効を壮したのかその後鼻血はピッタリ出なくなりました!
しかし超弱気になった私は窯詰め・窯焚きをほとんど長男に委ねてしまったのでした。
故に予定の半分しか窯詰めする事が出来ず、
多くの方々にご迷惑を掛ける事になってしまいました。

年末年始にかけて瀬戸と松本であらゆる検査をして頂いた結果、
極度の過労と加齢との事でした。

ようやく制作意欲も取り戻しまして、その時残った作品群を
3月始めに再度元屋敷窯に入れて焚く予定を組みました。

人間 生身で有り体力にも限界が有る事を考えて活動しましょう!

本年も宜しくお願いします。 加齢で血圧の上がってしまった窯焚き大将より。
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by teradabizan | 2007-02-08 08:23 | 日々の出来事